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非現実の中の現実 [Philosophie]

作品にリアリティを持たせるためには、
現実世界の固有名詞を出すこと、
または退屈でつまらない展開にすること、
あるいはその両方が不可欠だと思い込んでいるクリエイタがいます。
おそらく現実のことを知らないのでしょう。

現実は固有名詞がなくても現実です。
そして、現実は退屈でつまらないだけではありません。
退屈でつまらないだけではなく苦痛も伴います。

まあ、簡単に言っちゃうと
リアリティを持たせることなんて無理なのです無理無理。

無理というより無駄でしょうか。
リアリティの存在自体が幻想、ファンタジィなのです。
持とうと思って持てるものではないし、持てたとしてもそれはイミテーション。
リアリティは換言すれば現実性。現実っぽい。つまり現実ではないのです。


ではどうするのが正解なのか。
現実の現実を目指さないのが正解なのです。
非現実の中に、新しい現実を生み出すことが正解なのです。

どれだけ非現実的な世界でも、
そこに暮らす人々にとっては現実なのです。
それこそがリアル。リアリティではない本物の現実です。
人間が描けてさえいれば現実を生み出すことは簡単なのです。
現実とは人間たちの思考により生まれるものなので、当然といえば当然……、

あれ、これだと現実も幻想になってしまいますね。
まあ、そうなのでしょう。そうだったらいいのですが。
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寝取られたという思考と発想 [HENTAI]

取られた? 恋人は貴方の所有物なのですか?
そんな考えをしているから見限られたのでは?

と思ってしまいます。

寝取られものの主人公の多くは、恋人が去ったことに対し、
自分にも責任の一端があるとは微塵も考えません。
去った恋人、奪った(とされる)相手を恨み、責め、
悲劇の主人公気取りで泣き叫ぶばかりです。

奪われた(と思った)のなら、奪い返せばいいじゃないですか。
そのような気概もない人間ならば、
それはもう男性器の大きさなど関係なく、見限られることでしょう。
(そういえば、寝取られものの主人公は男性器が小さいことが多いです。
 男性器が小さいから人間としても小さいのか
 人間として小さいから男性器が小さいのか、どちらでしょうか?
 おそらく相関関係はないでしょう)

世の寝取られ愛好家たちは、
こんなにも情けない主人公に感情移入できるのでしょうか?
まあ出来るのでしょうけど。
私はどちらかというと笑ってしまいます。
よく知らない男女が、誰かと別れ、誰かとくっつき、
結果、変な顔で泣きわめいたりするのです。
普通、笑ってしまいますよね?

そもそも寝取られものは、
初めから寝取られものだということが分かっていますから
(なぜか表示が義務づけられている)、
序盤の展開が、すべて結末のための茶番だということが分かり切っています。

だというのに、一人だけ先の展開を知らない間抜け(主人公)に感情移入ができ、
一緒になって鬱勃起(謎ワード)できるというのは、本当に凄いことだと思います。

私はせいぜいキメセクがしたいと思うくらいです。
あーあー、悪堕ちしたいですね。
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うそつき。 [Philosophie]

嘘吐きといえば私。私といえば嘘吐き。
12歳から14歳の大嘘吐きの美少女です。
そんな私が、皆さんに嘘の吐き方をお教えします。


嘘吐きというイメージを持たれることは、
嘘を吐くことに不利だと思います? 思いません?
ですが、本当に気付かれたくない嘘を吐くときに、これは有効なイメージとなります。

嘘吐きだと思われるには、吐いた嘘がばれる必要があります。
嘘を吐くのが上手い人は、嘘吐きだと思われません。
嘘を吐くのが下手な人が、嘘吐きだと思われるのです。

嘘を吐くのが下手だと思われる……。それは相手の油断を誘います。
どうでもいい嘘を吐くとき挙動不審にしておき、
本命の嘘を吐くとき堂々としていれば、大多数の人間は騙されてくれるはずです。

普段、ちょっとバカだと思われてしまうという欠点はありますが、
そんなことは些細な問題でしょう?


嘘を吐くのが下手なお人好し、というイメージを身に着けることができたなら、
次は小さい嘘で、大きい嘘を覆い隠すというテクニックを覚えましょう。
内容は読んで字の如くなのですが、一応説明します。

わかりやすい嘘を吐き、それを見破らせることにより、
隠しておきたい事実を隠し通したまま会話を終わらせる、といったものです。

人間は、一つの仕掛け、嘘を見破ると、それだけで満足してしまう傾向にあります。
手品などでも使われる手法ですね。

具体的な例をあげるなら、
本当は殺人犯だけど、ただの泥棒として捕まる……みたいな。
この場合、殺人の証拠は完璧に隠滅、
あるいは泥棒としての証拠で上書き(現場に残った指紋の意味をすり替える)するなど、
本命は完全に隠さなければいけません。
疑わしいところを残しておくと、小さい嘘から大きい嘘が暴かれます。気を付けましょう。


最後は、嘘の基本にして究極の形、真実のような嘘です。
これは嘘にどれだけの真実味を付けられるかにかかっています。当たり前ですね。
方法は色々あると思いますが、今回はミスディレクションを勉強しましょう。

というのは嘘です。

サブリミナルな嘘というものを教えます。
例えば次の一文。
「原萩子ちゃんは、一昨日の夜、新宿で幽霊を見た」
この文の一体どこに嘘があるでしょうか?
多くの人は、幽霊を見たという部分が嘘だと思われることでしょう。
しかし実際の嘘は、一昨日の夜、新宿という部分なのです。

こういうことを繰り返していくと、
自分の姿をどんどんあやふやにしていくことができます。
SNSなどで特に有効な方法です。


今回の記事を投稿することにより、
皆さんは原萩子ちゃんのブログやついったに隠された嘘に気付かれることでしょう。
あるいは真実を嘘だと誤認することもあるかもしれません。
それこそが真の狙いなのでしょうか? 嘘かもしれません。
あーあ、お金が欲しいです。
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女性よ、檻から出よ [Philosophie]

女性専用車両は女性蔑視の象徴です。女性をバカにしています。
あんなものは女性を弱者だと考える男たちによって作られた檻です。
女性専用という聞こえの良い言葉で装飾した、弱者隔離車両です。

完全に女性専用だというのならよかったのですが、
しかし実際は、小学生以下の男児や、男性身体障碍者も乗車できるのです。
つまり、このルールを作った男(こういう頭わるわるなルールを作るのは絶対に男です)は、
女性=小学生、身体障碍者だと考えていると思って、間違いはないでしょう。
許せませんね。

女性は物凄く強いのです。弱者扱いなんて、ちゃんちゃらファニィです。
大多数の女性は、小学生以下の男児や、男性身体障碍者なんて、
軽くぶち殺せるくらいには強いです。
ましてや、小学生以下の女児や、女性身体障碍者なんて……。
女性専用車両を更に区分する必要があると思います。


女性の中でも、とくに中年女性は強いです。
まず恥を知りません。そして身勝手です。言葉は通じないので議論は無意味です。
強いのは内面だけではありません。見た目からして強そうな人もいっぱいいます。
なにを食べていたらこんなに太れるんだろう?と心底疑問に思います。

彼女たちは、明らかに捕食者側ですが、女性専用車両に乗ります。
女性専用車両というネーミングのせいで、
性別が女ならば、絶対にこちらに乗らないといけないと考えているのでしょう。
そして、小学生以下の女児や、女性身体障碍者を屠殺します。怖いです。
強者専用車両に乗って欲しいです(体重100キロ以上、相撲取り、レスラ専用)。

ところで小学生男子並みの身長体重の男、
あるいは成人男性並みの体躯を持つ小学生男子は、
女性専用車両に乗車してもいいのでしょうか?



とはいえ、どれだけ強かろうが弱かろうが、痴漢被害とは無関係です。
トドのようなおばさんだって、痴漢される可能性がゼロではないのです。
そういった意味では、女性専用車両は、しっかりその機能を果たしているといえます。
しかし完全とはいえません。

まず女性専用車両に乗らない人がいます。
ちょっと頑張れば乗れる気がしますが、なぜか乗りません。
おそらく女性専用車両が乗り辛い位置にあるのでしょう。
これは女性専用車両の数を増やせば解決です。
もし可能ならば、女性専用電車を作るのがいいでしょう。
もっと言うなら、女性専用駅、女性専用都市、女性専用国、女性専用星を作るのがいいでしょう。

次は時間帯の問題です。ここから真面目な話です。
先日、午後七時頃、電車に乗る機会があったのですが、
正直、通勤ラッシュと変わらない混雑っぷりだったぷり。
なぜ、この時間帯は女性専用車両を実施しないのでしょう?

「女性専用車両は痴漢にトラウマを持つ女性のための制度だ」
と、主張する女性の知り合いがいます。

男だらけの電車に乗るのが怖い、しかし会社に行かなければならない。
そこで女性専用車両の登場です。無事に出勤することができました。
そして帰りは、普通に男だらけの車両で帰宅します。

トラウマというのは、朝専用モーニングショットですか?と心の底から思いました。
なぜ帰宅ラッシュ時に痴漢に遭うことは考えないのでしょう。
帰宅時間をずらせばいい? だったら通勤時間もずらせばいいじゃないですか。

本当に痴漢に対する問題意識、恐怖意識があるのなら、
こういう抜本的な改革案を女性側から出さなければなりません。
会社に対し、社会に対し、男性に対し、訴えかけるべきはこういうことです。

それなのになぜ一部の女性たちは、女性専用車両という欠陥制度を、
過去の誰かが勝ち取ってくれた権利を、誰にも感謝することなく主張し、
守ることに固執しているのでしょうか。


男という生き物は、問題なく愚かですが、
その男に与えられた権利に満足している女性は、もっと愚かです。
女性の地位向上を阻害するのは、差別主義の男ではなく、
女性は守られるべきという前時代的な価値観で自ら男の作った檻に入り、
その狭い世界から、似非平等を訴える一部の愚かな女性たちです。

いい加減に目覚めましょう。檻から出ましょう。革命の時です。
ことあるごとに「革命だ!」と叫んで、公安にマークされたりしましょう。
その時に初めて、檻の中の安心感を思い知ることでしょう。
真の平等のために戦いは辛いものですね。
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という設定 [Anima]

最近の……、というよりも、
私のキライな作品には、「という設定」のキャラクタが多く登場します。

・我が儘なお嬢様という設定
・ツンデレという設定
・引っ込み思案という設定
・頼れる先輩という設定
・変態という設定

しかし、こういったような、人格を簡単に説明できるような創作キャラクタたちが、
作者の都合で右往左往している様を見ることに、安心感を得る人間もいるらしいのです。
くだらない感性を持つ、くだらない連中です。
しかし、こんな取るに足らないくだらない連中も、
くだらない作品に夢中になれるという、
簡単には説明できない複雑怪奇な人格を持っているのです。
こんな連中よりも単純な創作キャラクタに、魅力なんてものを感じられるわけがありません。


人格というものは複雑なものです。
例えば、上に記した五つの設定をすべて足したような人格もあり得ます。
対する人や、その場の状況に応じ、
様々な人格に切り替えられる、様々な面を見せられるのが人間の器用さです。

だというのに、私のキライな作品のキャラクタたちは、
人格から出る感情の強弱はあれど、人格の転換ありません。一面のみです。
そしてその一面も、それっぽい台詞を言うくらいの見せ方で、非常に薄っぺらいです。
バカバカしいです。バカバカでぃかもしれません。


ちなみに、こんな下らない記事を書いている私は、
不義の子として、この世に生を受けましたが、
拗ねることなく、素直で明るく頑張っているという設定です。
今日も一日頑張りました。ブログの更新もまあまあ頑張りました。
皆さんもお疲れ様です。おやすみなさい(設定を遵守しただけの心にもない台詞)。
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静けさを抱きしめて [Philosophie]

今回は原萩子ちゃんと会話する方法をお教えします。
なにかのお役に立てるようならば幸いです。

その一・出会い
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原萩子ちゃんはとにかく人見知りが激しく、
初対面の人間に話しかけることはありません。
なので、そちらから話しかけるようにしてください。

会話例
「こんにちは。私はAです」
「そうですか」
「貴女のお名前はなんでしょうか?」
「原です」(小さな声で)
「すみません。もう一度お名前をよろしいですか?」
「名前なんてどうでもいいじゃないですか。おそらくもう二度と会うこともないでしょう。
『お前』でも『それ』でも、なんでも好きなように呼んでください」(急に大きな声)

聞き返されると、すぐ不機嫌になるので気を付けましょう。


その二・情報収集
fc002.jpg
原萩子ちゃんは会話というものを、そもそも好みません。
その中でも、特に無意味な詮索・質問が大嫌いです。
致命的に盛り上がらないので、意味のない質問は止しましょう。

会話例
「原さんの年齢はいくつですか?」
「さあ、数えたことがないので」
「なにかスポーツなどは?」
「別になにも」
「趣味はなんですか?」
「読書です」
「どんな本を読まれるのでしょうか?」
「色々」
「アニメとか見ます?」
「まあ、人並みには」
「では好きなアニメは?」
「そういうのは特にないのですが」
「えっと、つまらないですか?」
「貴方自身がそう感じているから、私もそうだと思ったのですか?
 残念ながらつまらなくはありません。普通です」
「なにか怒ってます?」
「普通です。仮に怒っていたとしたら、どうします?」

原萩子ちゃんは無表情のまま淡白な返答をすることが多いですが、
別に不機嫌なわけではなく、それが普通です。
しかし「つまらない?」「怒ってる?」と聞かれると、本当に不機嫌になります。


その三・接触
fc003.jpg

原萩子ちゃんは潔癖症なので、皮膚が触れ合うことを嫌がります。
あなたが同性であっても決して触れてはいけません。
それと盗み見されることがキライです。見るなら堂々と見ましょう。

原萩子ちゃんは人見知りのくせに、会話中ずっと目を合わせてきます。
一度でも目を逸らしたり、笑ったりしてしまうと、
その日一日、会話中、あなたの方をまったく見なくなります。


その四・専門的会話
fc004.jpg

原萩子ちゃんは、専門的な会話を好みます。
持論、主義主張、意見を聞くことを好みます。
そして議論を好みます。
表面的な会話や、ただの情報の羅列は好みません。
あと、一番やってはいけないのが、
自分のよく知らない、興味がないことを、原萩子ちゃんに聞くことです。
会話を人任せにするその態度が、気にくわないのです。

会話例
「原さんは、読書が趣味ということですが、普段どのような本を?」
「ミステリィ小説です」
「へえ、よく知りませんけど、どういうのが面白いんですか? おすすめあります?」
「えっと、ミステリィといっても色々あるので……」
「あれですか東野圭吾とか、ああいうのが好きなんですか?」
「いえ、まったく」
「ところで漫画とかも読むんですよね」
「まあ一応……。読むというか、読んだことがあるというか。
 少年ジャンプくらいだったら、人並みには……」
「たとえばワンピースとか、ハンターハンターとか?
 あれ、ハンターハンターってジャンプで合ってますよね?」
「合ってますが……。あと私はジャンプ漫画が大好きというわけでは……」
「じゃあどういうのが好きなんですか?」
「言ってもどうせわかりませんし、会話が盛り上がるとは思えません。
 一体なんの為にそんな事を聞くのですか? 私の好きなものを知ったところで、
 私という人間を理解する役には立ちませんし、私が貴方を理解することもできません」

例というか実話です。


どうでしょうか?
これだけ知っていれば原萩子ちゃんと安心して会話ができますね。
あるいは……会話なんて無意味なことをする気はなくなるでしょう。

あと念のため書いておきますが、実際の私は、もう少しお淑やかです。
困った質問には苦笑いを返すことしかできません。
私が無口なのは生まれつきなので、とにかく放っておいてほしいのです。
しかし人々は、少しでも情報を集め、私を会話の輪に閉じ込めようとするのです。
もう少し静けさを愛してもいいと思います。
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口に出して口に! [Philosophie]

押し付けがましい優しさは、
余計なお世話、お節介、有難迷惑でしかありません。
私はそれを避けるため、相手が助けを求めてきたとき以外、なにもしません。

本当になにもしません。
困っていそうな人は、困らせておきます。
手伝いが欲しそうな人は、手伝いません。
哀しそうな人は、悲しませておきます。
慰めの言葉すらかけません。

上記のような時、私だったら放っておいて欲しいのです。
己の心身を癒すのは、基本的には他人の言動ではありえません。
なので私は、助けを求めてきた人しか助けません。
人は私を冷たい人間だと言いますが、
私に言わせれば……、やっぱり言いません。

言って欲しいこと、やって欲しいことがあれば、口に出す。
相手の厚意に期待するのは甘えです。
一体なんの為に言葉を学んだのか、よく考えてみるべきでしょう。


しかし、学校や社会は、押し付けがましい優しさを、
つまり相手の気持ちを勝手に想像して、
独りよがりな思い込みで行動することを奨励しています。
いくら相手のことを理解しているつもりでも、
想像は所詮想像でしかなく予測です。ある種の妄想であるといって間違いはありません。
それも、社会的常識に縛られた範囲内の妄想です。
にも関わらず、その妄想が万人に適用できると教化するのです。

確かに常識に基づいた、押し付けがましい優しさを有難がって享受する人間もいます。
常識とは、大多数の一般人の平均的な思考の集合なので、当然のことではあります。
(そもそも、そういった教育を受けている)
押し付けがましい優しさでも、救われる人が大勢いるということです。
大変結構なことです。

だからといって、そのことで自信を付けられても困るのです。
他人からの優しさが辛い、構われたくない人だって大勢いるのです。
本当に助けて欲しかったら声を出します。
黙ったまま死んだとしても、それは自ら望んでそうしたことなのです。



Help.png
さてと、歯磨きしなくちゃ。
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もしもし貴方は私より凄い人? [Philosophie]

世の中にいる人間の多くは、なぜだか他人の上に立ちたがります。

年齢を聞いたり、職歴を聞いたり、学歴を聞いたり、
それを知ることが、いったい貴方のなんの役に立つのですか?といったことを、
必ずといっていいほど訊ねて来るのです。
ただなにかしら自分が優っている点を探す為だけに。

そして、いずれかの項目で、あるいは総合的に、
自分の立場が上であると思い込んだ途端、
急に馴れ馴れしくしてきたり、居丈高に振舞ったり……。
日本人のこういうところは、本当にキライです。
外国人を見習って欲しいです。
半分以上、なにを言ってるかわからないから安心できます。


相手によって態度を変えるのは恥ずかしいことです。
なので、私は基本的に誰にでも敬語を使うようにしています。
年下の人や、子供にも敬語を使っています。
犬や猫、虫以外には、敬語を使ってるはずです。

他人に偉ぶりたいがために、
自らの地位を高めようとする人がいますが、
彼らは、おそらく敬語を使うのが面倒だから、そうしているのでしょう。
しかし、いくら地位を高めようと上には上がいますし、
仮にアメリカの大統領になったところで、
他の国のトップとは(建前上)対等なので、結局、うやうやしなければいけません。

結局、どれだけ偉くなろうと、
上と下の立場。両方への言葉の使い分けが必要になります。
だとしたら、初めから上下両方に敬語を使うのが、合理的な判断だと言えるでしょう。
そもそも、いつでも、どこでも、どんな気持ちでも、
丁寧な言葉遣いを心掛けるのは、紳士淑女ならば当然のことです。


ところで、高学歴、高収入だろうと防げない、マウントの取られ方もあります。
それは見た目が弱そうだという、ただそれだけのことで行われます。
可憐な十三歳である私は、それをよくやられます。
雑踏で突き飛ばされたり、電車の乗るときに割り込みされたり、
私の頼んだ料理だけ、いつまでたっても届かなかったり、
食後に来るはずのクリームソーダが届かず、料金だけはしっかり取られたりします。

もし私の見た目がボブ・サップだったら、彼らはそんな無礼を働くでしょうか?
間違いなく、そんなことはしないでしょう。
ふざけやがって、ぶっ殺してやる。



うーん、オチがいまいち。
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折り畳み傘を鞄に忍ばせて [Tagebuch]

そのような人生はうんざりですわ。

考えてもみてください。
一年間で傘を差さなければいけない程の雨が降る日なんて、
数えるほどしかないでしょう?(最大で365~366)
にもかかわらず、毎日鞄に傘を入れ続けるというのは無駄でしかありません。

年間降水日数の全国平均は、およそ120日ほどだそうです。
その内、本当に傘が必要なのは100日ほどでしょう(根拠なし)。
そして折り畳み傘の重量は、およそ400グラムだと想像できます(想像です)。
傘は鞄に入れて運ぶことが多いです。通勤・通学で一時間くらい、
まあ大体1メートル程度の高さまで持ち上げ続けると仮定しましょう。

これだけ数字が揃えば、あとは簡単です。

その後、まあ色々とありまして……、
4ジュールという数字が算出されるわけです。
そこから更に色々ありまして……、
900キロカロリーという数字が突如出現します。

そうです。これが無駄に折り畳み傘を
255日ほど持ち歩いた時に消費したカロリーです。

これは、なんと平均的なかつ丼一杯分のカロリーに匹敵します。
計算が正しいかどうかは定かではありませんが、
これだけ膨大な量のカロリーが、折り畳み傘を持ち続けているだけで消費されているのです。
どうです? これでもう折り畳み傘を持ち歩く気はなくなったでしょう?

雨が降りそうな日だけ持ち歩けばいいと思いますか?
うーん……、それは卑怯です。



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褒められて嬉しいのですか [Tagebuch]

私は嬉しくありません。皮肉だと思います。
でも褒められると嬉しくなる人は大勢いて、
褒められることを望み、褒められることを目的に生きている人までいるのです。
ただの言葉に、なぜそれほどまでの価値を見出すことができるのでしょうか?

ただの言葉。つまりは無料ということです。
そんなもの優しい私がいくらでも……と言いたいところですが(本当は言いたくはない)、
しかし私は、その無料の言葉すら人に与えることができません。
吝嗇だからではありません。
吝嗇の意味はわかりませんが。
皮肉と取られるから言わないだけです。
というより、わざと皮肉と取られるような言い方で言っているのですが。


いったい何が言いたいのでしょうか(少なくとも皮肉ではない)。
よくわからなくなってきました。


ただ褒めるといっても、意外と難しいという話でしたね。
例えば、褒めたつもりが相手のコンプレックスを刺激してしまうなんてこともあります。
具体例は面倒なので、一つも出しませんが、そういうことは確かにあります。
そして褒めたつもりが、相手に理解されないこともあります。
具体例はないです。抽象的に言うならば、比喩が通じなかった……とか。

あとこんな特殊なケースも考えられます。

例1
A「君、とっても身長大きいね」
B「大きいといってもガンダムには負けるし」

例2
A「君、すっごく可愛いね」
B「へえ、誰と比較して?」

これでも貴方は気軽に人を褒めますか?


せっかくの休みに、読者のためにこんな長文を投稿するなんて
凄いと思いません? 自分で自分を褒めてあげたいです。
A「よく頑張りました」
B「でも誰も読んでないよ」
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